技術情報
~ 各種クロスオーバー減衰スロープの解説 ~
スピーカーは最終的に電気を音に変換するデバイスとしてオーディオ機器の中で最も重要ですが、最も難しく現在も不完全さが残っている機器です。人間が音として認識できる周波数帯域は20Hzから20kHzまでと、上下限の開きは1,000倍です。この領域をフラットに増幅する電気機器としてのアンプも、難しさからくる機種ごとの性能差が存在します。現代のスピーカーの方は、シングルユニットは少数派となりマルチユニットが一般化し、20Hzから20kHzまでの帯域を幾つのかのスピーカー・ユニット(ドライバー)に分割して鳴らすという方法がとられます。エレクトリック・クロスオーバーネットワークを使う方法は、アンプまでをも帯域に分割して使うことにより、高音質化を目指すものです。言い換えれば、帯域分割を終えたオーディオ信号をアンプに渡すことにより、アンプに要求する性能を低くすることが可能となり、システム・コストを抑えられます。また、更なる恩恵として、低音量時の音質を向上させます。現代のアンプやスピーカーは音質アピールの中心の音量域が高く、これが実使用でユーザーを落胆させる最大の要素です。ボリュームを下げても音痩せしない、この理由は、アンプ出力をスピーカー・ユニットのボイスコイルに直結しドライブ(制動)することと、toneCapsule製品に実装したクロスオーバー減衰スロープの優秀さにあります。
A. 高次(3次、4次)のスロープ -対- 低次(1次、2次)のスロープ
高品位なトゥイーターから出される高音は音の定位感や音場の広がりを表現するために、100%リスナーの耳に届かなければなりません。ウーファー等の中低域ユニットの高域漏れはこれを邪魔します。中低域ユニットに信号を送り出すLPFの高次のスロープはこれに対応し、高域を大きく減衰してくれます。また、トゥイーターに低周波の大きい振幅を加えてしまうと、トゥイーターが鳴らす高音の品位が落ちてしまいます。高域ユニットに信号を送り出すHPFの高次のスロープは低域の混入をより強く防いでくれます。
一方、低次のスロープは音の厚みの演出には効果的です。これは無指向性を示す低音をより広い振動板面積で鳴らすことができる効果ではないでしょうか。従って、低域のクロスオーバーには好適です。
B. リンクウィッツ-ライリー・クロスオーバー
リンクウィッツ氏が1976に公表した論文によりライリー氏と共同で提唱されたクロスオーバーの方式です。プロフェッショナルの世界ではスタンダードなクロスオーバー方式です。LP-AxとHP-Axでは2次(-12dB/oct)と4次(-24dB/oct)の2種類のリンクウィッツ-ライリー方式のフィルターを搭載しています。設定周波数での減衰は6dB(1/2のレベル)となり、設定周波数前後でLPF出力とHPF出力の振幅(レベル)が完全に相補の関係で、かつ位相が同一の変化をします。従って、その合成結果はフラットなレベル特性を示します。この特長により乱れのないクロスオーバーを構築することが出来ます。聴感にも大きく作用し、より自然な帯域のつながりを感じることが出来ます。雑味のない美音をもたらす方法と言えます。
C. フィルターのカスケード
LPF ModuleであるLP-Axは内部を2つに分け、1段目(1st-stage)と2段目(2nd-stage)のフィルターのカスケードとして使用することが出来ます。上記A.の低次のクロスオーバー減衰スロープを2段目(2nd-stage)で築き、更に、1段目(1st-stage)のフィルターで高域を急峻に減衰させることができます。この手法をウーファーの構築に用いれば、音の厚みを演出すると同時に、高域漏れをより強く抑えることができます。特に、現代の3ウェイ・スピーカーの主流となっているトールボーイ形に用いられている小口径のウーファー・ユニットを使用する場合には、重要です。それは、小口径のウーファー・ユニットは高域の再生能力が高いからです。一般のパッシブ・ネットワーク入りのスピーカーはこの点を考慮していない製品も多く、これが音場感を悪化させ、また、小音量時に音痩せする大きな要因になっています。2つのフィルターをカスケードにつないで使用する手法の効果は大きく、小口径のウーファー・ユニットを使用する上で必須と言えます。
D. フィルターによるディレー
クロスオーバーネットワークの主要な構成要素はローパス・フィルター(LPF)とハイパス・フィルター(HPF)ですが、これらのフィルターの動作は周波数依存を持ったディレーを伴います。一般的に周波数が低いほどディレーが大きくなります。これはエレクトリック・クロスオーバーネットワークでも、一般のスピーカー内蔵のパッシブ・クロスオーバーネットワークでも同様です。はたしてこのディレーはキャンセルすべきでしょうか? 答えはノーです。
低音がディレーを含む、と言うと、バスレフ型スピーカーの音を類推する方がおられると思います。バスレフ型スピーカーでは共鳴現象を利用して低音の量を増やしているために、低音を急激に止めることが苦手です。つまり、尾を引く低音となってしまいます。これは本来のオーディオ信号とは異なる音がでてしまうと言うことを意味します。これに対し、フィルターのディレーは音の波に時間的な移動が生じる現象です。フィルターのディレーはクロスオーバーのみならず、他の機能でも発生します、それは、トーンコントロールや、イコライザー関連です。それらに対しディレーを気にせずに使ってきたように、クロスオーバーも扱ってください。
乱れのないクロスオーバーの実現が可能なリンクウィッツ-ライリー・クロスオーバーでは、LPFの先につながる低域スピーカー・ユニットと、HPFの先につながる高域スピーカー・ユニットがリスナーまで等距離にあることが前提です。これは、フィルターなしの状態で、低域スピーカー・ユニットと高域スピーカー・ユニットからでる音のタイミングが揃っているということです。一方、高域ユニットを後方にずらしたスピーカー・システムが過去に多く存在しましたが、これらのスピーカーのストーリーは...第1には、コーン形ウーファーが分割振動をしていて、センターキャップ近くがそのユニットとしての高音であるクロスオーバー周波数付近の音を発生する、と言う場合が考えられます。第2には、'クロスオーバーの乱れ'と言う概念がなかった、ことが考えられます。つまり、周波数帯域を紐を切るかのようにカットしてディレーを揃えて張り合わせた、と言うことではないでしょうか。いずれも現代の耳の良いリスナーを満足させません。
最後に、耳という謎の多い器官に対しても近年、研究が進み、内耳には音の情報を脳の中枢神経に送る蝸牛がありますが、ここでは受けた音を振動現象として内部に導く中で"蝸牛遅延"と呼ばれている現象が発生していることがわかっています。これは高音に比べて低音が遅れてしまうという現象で、人間の聴覚は低音の遅れに鈍感であると言う結論が導かれています。つまり、人間はディレーを含む低音には違和感を感じません。では、逆に高音がディレーを含む、この時は違和感を感じるそうです。過去に製作された無数のスピーカー・システムは間違ってはいなかったことを裏付けてくれる科学的根拠のひとつではないでしょうか。
E. 提供するフィルター・バリエーション
・ 4次(-24dB/oct: リンクウィッツ-ライリー)
toneCapsuleでは2kHzを超えるような高音域でのクロスオーバーには本フィルターが理想的な特性を示していると考えています。前述B.の繰り返しになりますが、クロスオーバー周波数前後でLPF出力とHPF出力の振幅(レベル)が完全に相補の関係で、かつ位相が同一の変化をします。乱れのないクロスオーバーを構築することが可能で、より自然な帯域のつながりを感じることが出来ます。さらに、-24dB/octの急峻なスロープが帯域間の混濁を取り払い、音場の広がりや音の定位感の向上をもたらします。
ただし、高次のクロスオーバーに共通の難点が存在します。低域側と高域側のスピーカー・ユニット(ドライバー)の位置関係が合っていないとその能力を発揮できないことです。ディレー合わせではなく、音の発生点を、リスナーから等距離に合わせてください。
・ 3次(-18dB/oct: バタワース)
上記に類似し、-18dB/octの急峻なスロープが帯域間の混濁を取り払い、音場の広がりや音の定位感の向上をもたらします。ただし、LPF出力とHPF出力が90°の位相差をもって合成されますので、リスナーの頭の位置による音調の変化が存在します。頭を少し動かすとクロスオーバー周波数付近の音が大小に変動しますので、大の場合、一部の音楽にはアクセントの効果をもたらすかもしれません。
・ 2次(-12dB/oct: リンクウィッツ-ライリー)
toneCapsuleでは700Hz以下の低音域でのクロスオーバーには本フィルターが理想的な特性を示していると考えています。前述B.の繰り返しになりますが、クロスオーバー周波数前後でLPF出力とHPF出力の振幅(レベル)が完全に相補の関係で、かつ位相が同一の変化をします(逆相において合成します)。乱れのないクロスオーバーを構築することが可能で、より自然な帯域のつながりを感じることが出来ます。さらに、-12dB/octの緩やかなスロープが中低音の厚みを演出することが経験的に言えます。
・ 2次(-12dB/oct: バタワース)
既存のクロスオーバーとの比較において使用する目的で搭載しています。本フィルターを使用する場合、クロスオーバーの乱れは残るものとお考えください。
・ 1次(-6dB/oct)
既存のクロスオーバーとの比較において使用する目的で搭載しています。本フィルターによるLPF出力とHPF出力の合成結果は振幅(レベル)、位相共にフラットになりますが、LPF出力とHPF出力が90°の位相差をもって合成されますので、音場感に優れません。同軸ユニット等の極小空間にあるユニット間の合成のみに使用する方法と言えます。
更に詳しくは、特性チャートを中心にまとめてある以下のファイルをご覧ください。
エレクトリック・クロスオーバーネットワーク応用ガイド (0.69MB)
toneCapsule製F-Moduleでは弱音に対する忠実度の高いアナログ回路でフィルター特性を実現しています。アコースティック楽器の倍音成分や演奏会場を包む環境音などの再現性に対し、フィルターの減衰スロープが与える影響を体感していただけます。